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最高裁判所第三小法廷 昭和24年(れ)2273号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

検事山本石樹の上告趣意第一点について。

論旨は、原判決は被告人の所為について期待可能性がないとしてその刑事責任を否定したのであるが、その根拠としてはただ漫然条理上責任を阻却するというに止まり、何故期待可能性なき場合には刑事責任が排斥されるかを成法との繋りにおいて明示してその法的根拠を充分に説示していないから、結局裁判に理由を附せず又は判決に示すべき判断を遺脱した違法があると主張する。しかし、期待可能性の不存在を理由として刑事責任を否定する理論は、刑法上の明文に基くものではなく、いわゆる超法規的責任阻却事由と解すべきものである。従って、原判決がその法文上の根拠を示すことなく、その根拠を条理に求めたことは、その理論の当否は別としても、なんら所論のような違法があるものとはいえない。されば、論旨は理由がない。

同第二点について。

原判決の認定するところによれば、判示籾井伝三の経営にかかる三友炭坑においては、昭和二二年三月一五日労働組合が結成されたのであるが、当時の同炭坑の福利施設は他の炭坑にくらべて著しく劣っていたため、同組合はこれが改善等を経営者側に要求し、その要求は一応容れられたものの、経営者側においては容易にその実行をなさず日時を推移するうち、福利施設の不備と諸物価高騰のため鉱員の生活は甚だしく困難になったので、同年八月二九日組合大会を開いた結果、経営者に対して飢餓突破資金の支給を要求したところ、経営者側から拒絶されたため同年九月一三日から遂に罷業に入るにいたった。被告人はその前日右組合の婦人部長に選任されたのであるが、元来労働運動ないし争議については経験がなく、労働運動の意識もきわめて低く、婦人部長としても当時組合事務を分担しておらず、本件罷業についてもなんら指導的役割を分担していたものでもなかった。ところが右罷業中、前記大会当時まで同組合の組合長であった山崎政春および組合員二十数名の経営者側に多少の縁故のある人々が突如生産同志会を結成して、罷業から脱退して生産業務に従事するにいたったので、罷業派組合員は極度に憤慨し、毎日朝本件事件発生の現場附近の広場に集まり、組合幹部から情勢報告を聞くとともに、組合員の結束をはかるため蹶起大会を開き、右山崎政春らを経営者側と結託して争議の切り崩しをなさんとする裏切者であるとして気勢を揚げていたところ、同年一〇月七日午前八時過頃、生産同志会川上久光らが右広場の傍にある貯炭場から石炭を積載した炭車を連結したガソリン車を運転して、上山田駅にむけ進行しようとしたので、昂奮していた多数の婦人組合員および二、三名の男子組合員らは憤慨の余り右ガソリン車の前方線路上に立ち塞り、あるいは横臥し、もしくは座り込んでその進行を阻止するの挙に出た。ところがたまたま幹部の報告をきくため右広場に来合せた被告人は、組合長田口政治の指揮に従って線路上に赴き、さきに集合してガソリン車の進行を阻止していた婦人連中の仲間に参加し、軌道から退去を求める川上久光に対して、他の婦人たちとともに「ここを通るなら自分たちを轢き殺して通れ」と怒号し、いわゆる座り込み戦術により、川上らをしてガソリン車の運転を断念せしめ、炭車による石炭の輸送を不能ならしめるに至ったというのである。

組合が争議権を行使して罷業を実施中、所属組合員の一部が罷業から脱退して生産業務に従事した場合においては、組合(従って組合役員ならびにその意思に従った組合員)は、かかる就業者に対し口頭又は文書による平和的説得の方法で就業中止を要求し得ることはいうまでもないが、これらの者に対して暴行、脅迫もしくは威力をもって就業を中止させることは、一般的には違法であると解すべきである。しかし、このような就業を中止させる行為が違法と認められるかどうかは正当な同盟罷業その他の争議行為が実施されるに際しては特に諸般の情況を考慮して慎重に判断されなければならないこともいうまでもない。

本件につき原判決の認定した事実によれば、三友炭坑労働組合は、原判示のような劣悪な労働条件のもとに待遇改善を要求して組合大会を開いた結果罷業に入ったところ、元組合長山崎政春外二十数名の経営者側に縁故のある者が就業を開始したので、罷業派組合員である被告人は、罷業が組合員の共同目的達成のため已むなくなされたものであるのに、生産同志会は経営者側との不純な動機から同志を裏切り罷業を妨害するもので、もし同志会が就業を開始すると罷業がその目的を達成し得ないこととなると考え、右同志会員の就業に対し極度に憤慨をしていたこと、被告人は被告人以外の多数の婦人組合員および二、三名の男子組合員らがガソリン車の前方線路上に立ち塞がり、あるいは横臥しもしくは座り込んでその進行を阻止していたところへ参加して線路上に赴き、軌道から退去を求める川上久光らに対し、他の婦人らとともに前示のごとく怒号したにすぎないことが窺われる。このような経過から考えてみると被告人の判示所為はいわば同組合内部の出来事であり、しかもすでに多数組合員が判示川上久光らの炭車運転行為を阻止している際、あとからこれに参加して炭車の前方線路上に赴き判示のように怒号し炭車の運転を妨害したというのに止まるのであるから、かかる情況のもとに行われた被告人の判示所為は、いまだ違法に刑法二三四条にいう威力を用いて人の業務を妨害したものというに足りず、それゆえ被告人の所為について罪責なしとして無罪の言渡をした原判決は、結局において正当であるから、論旨については特に判断を加えない。

よって刑訴施行法二条、旧刑訴四四六条により裁判官垂水克己の補足意見あるほか、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

裁判官垂水克己の第二点についての補足意見は次のとおりである。

炭鉱の労働者の労働組合が同盟罷業を実施中、組合員の一部がその組合に所属しながらほしいままにその業務たるガソリン車の運転に従事しこれを進行させたので、罷業派組合員がこれを中止させるため、ガソリン車の進路前方軌道上に座り込みかつ右運転者たる組合員に向って「ここを通るなら自分達を轢き殺して通れ」と怒号する所為はそれが本判決第二点に摘示した原判示のような情況のもとに行われた場合においては、いまだ違法に刑法二三四条にいう威力を用いて人の業務を妨害したものということができないと考えられる。その主な理由は、右所為は同盟罷業中の組合員が同じ事業場の仲間組合員に対してしたものであり、かつ、被告人の軌道上に赴いてからの右所為は極めて短時分の間に行われたという原判決の認定と解することができ、結局軽微のものとみられるからである。(原判決のように、被告人が多数組合員と意思を通じてしたことの認定もない場合に、被告人が極めて短い時分の間判示のような言動をしたに過ぎないときは必しも直ちに威力行使といえないと考えられるから、かくいうがためには極めて短い時分間行われたものでないことを判示すべきであり、その判示がない以上前記のように被告人の利益に解すべきものと考える。なお、原判決は、結果として炭車による石炭の輸送を不能ならしめたとの文言を用いているが、これは一種の法律的判断であって、結果については単に「川上等をしてガソリン車の運転を断念せしめた」との事実を認定しただけである。)なお原判決は、末段において、判示の情況の下では被告人に対し判示所為に出でないことを期待することは一般的通念上可能と認め難いというけれども、本判決は左様な考え方の理論の上に立つものでないと私は解する。

(裁判長裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 垂水克己)

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